妊娠・出産

帝王切開への後悔や劣等感 心の傷はどうやったら癒えるのか

 

 

私が初めて帝王切開で第1子を出産したのは6年前も前のこと。

 

当時のことは今でもハッキリ覚えてる。

 

 

ブログに帝王切開での出産体験について記事をいくつか書きました。

 

そのたびに自分の帝王切開に対して感じていた劣等感や罪悪感などの帝王切開コンプレックスがなくなっていっていること、

 

つまりは前向きに受け入れられるようになってきてると気づきました。

 

 

過去の気持ちと照らしあわせて、私がどうして以前より前向きになれたのか、「心の傷」を癒やす方法について私の体験談をまとめました。

 

       

帝王切開での出産に後悔してしまう理由

 

自分の経験を踏まえて考えてみたところ、

 

 

帝王切開を受け入れられない理由の1つに「お産トラウマ」という部分が深く関係しているのではないかな?と思いました。

 

お産トラウマと帝王切開

 

 

最近は出産にトラウマを抱えている女性が多く存在すると言われています。

 

 

お産トラウマとは、出産時にあったできごとで納得がいかない部分が心の傷や劣等感などの心理的苦痛を残すこと。

 

あさイチにも取り上げられたことがあるそうです。

 

 

つまりは出産時の出来事で「きちんと産めなかった」ことや、「自分の思っていたバースプラン」とかけ離れていたとか「心のしこり」を残すことです。

 

 

で、このお産トラウマは4つに分類されるとされてます。

 

 

  • 出産に対する挫折感
  • 医療スタッフへの不満
  • 納得のいかない医療処置
  • 家族の対応

 

この4つ。

 

私はこの4つのトラウマにすごく納得したし、私が受け止められなかったのはコレだ!と思いました。

 

出産に対する挫折感

 

 

妊娠中の努力や、安産への期待、バースプランが崩れたことによる挫折感など。

 

私も、妊娠中に何度も、自分の出産シーンを思い浮かべました。

 

 

それが叶わなかったこと・もう叶わない可能性のほうが高いことへの当時の絶望感が大きかったことを覚えています。

 

また、夫に出産シーンを見せられなかったという挫折感もありました

 

自分自身の出産に対するイメージが甘く、勉強不足な部分もあって、そんな自分への後悔も大きかったんだと思います。

 

 

医療スタッフへの不満

 

 

例えば、陣痛の間に放っておかれたり、心無い態度を取られたり。

 

 

私自身も、医療スタッフにはかなり不満がありました。

 

私は微弱でしたが、陣痛がきていましたが、

 

助産師さんに

 

「もう無理だよ~さっさと切っちゃいな」

 

「その程度で痛がっているようじゃ下からなんて産めないよ~」など

 

心ない言葉をいくつもかけられたました。

 

早く業務が終わってほしいな~という態度が丸わかりでした。

 

毎日、何人もの人と接しているから仕方ないのかもしれないですが、

 

スタッフには大勢のうちの一人でも、

 

私たちにとっては「たった一人」ということを分かってくれる人がいなくて、

 

それが曲がり通る環境だったことへの不信感。

 

また、妊娠中も出産に対する指導などがほとんどなかったことも不満でした。

 

でも私が住んでいる地域には病院がそこしかなくて、他の病院を受診したければ、毎回〇〇万のお金が飛んでいきます。

 

経済的にも裕福でない我が家はそこしか選択肢がなかった。その上での助産師の態度への不満もありました。

 

 

今だったら、借金してでも、最善の方法を考えるけど、当時はまだ無知だったから、そこで産むことしか考えられなかった

 

 

納得のいかない医療処置

 

会陰切開や帝王切開や陣痛促進剤などが納得のいかないままで施されたなどの、自分の心の整理がつかないままの医療処置が行われたこと。

 

 

私も緊急帝王切開でしたが、納得いかないまま行われました。

 

 

「身体も小さいし、もういいじゃない?」とか、

 

「下から産まれても時間かかるよ~」とか医師に言われたりしました。

 

 

助産師さん・医師ともに、納得をさせてくれる声掛けがなかったことにすごく疑問をいだきましたし、

 

もし他の医師だったら・・・と考えたこともありました。

 

 

家族の対応

 

 

普通分娩の場合は、姑さんに嫌味を言われたり、夫が頼りなかったり。

 

帝王切開の場合はよく聞くのが姑さんの小事ない言葉。

 

 

 

我が家の場合は、夫も理解あったので、普通分娩が無理でも母子ともに健康だったら何でもいいよ。と言ってました。

 

義母さんも同じ対応だったのでそこは心の救いでした。

 

家族はの対応に不満はなかったのですが、

 

知人や親戚の人の何気ない言葉に傷つきました。

 

 

「帝王切開だったの?楽できてよかったね~」とか、

「帝王切開かあ、かわいそうに」「普通に生みたかったでしょ~」とか。

 

何気のない言葉でしたが、なんでそんなことがいえるのか不思議でたまりませんでした

 

 

帝王切開のお産トラウマで「心のしこり」が消えない

 

 

出産のときの体験から、お産に対するトラウマが強くなり、

 

それゆえに「帝王切開を受け入れられない気持ち」が続く人が多いのではないか。

 

 

と自分の体験も含めて強く思います。

 

 

ただ、過ぎてしまったことはどうしようもないし、自分ではなく他人を変えることは難しい。

 

 

そういった「どうしようもできない事実」があるから、いつまでも「心のしこり」がキレイに拭えないのではないか。

 

と最近はよく考えます

 

帝王切開での出産への劣等感から脱出したきっかけ

 

 

上記のお産トラウマの部分は、今まで忘れようと気づかないうちに思い出さないように私はしていたんだと思います。

 

でも気づかないうちに自分の中で消化できていた部分がありました。

 

 

消化できた理由としてはやはり「時間」が大きい。

 

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時間が経つにつれ、1つの自分の気持ちに気づきました。

 

 

何よりも自分が、「出産」に対するイメージが凝り固まっていたということ。

 

 

 

私の出産のイメージは

 

 

  • 自然分娩
  • 分娩台
  • 鼻からスイカ
  • 夫の支え
  • 夫婦の喜び

 

 

とか、鮮明にあって。

 

理想がまるで映画のワンシーンのように脳内に映像化されていたくらい。

 

 

産む本人である私が「自然分娩」をすることが義務だと思いこんでいたのです。

 

 

 

出産と言えば・・・〇〇というイメージをもっていたのは自分で、コンプレックスを生み出しているのは自分ということに気付いたのです。

 

 

医療関係者は、日々色んな体験をしていて、「自然分娩が義務でない」と感じたからこその言葉だったのだと今は思います

 

だからと言って、言い方は考えるべきだし、発言内容は納得いってないし、簡単に帝王切開していいとは思わないけど。

 

色々制限かかってくるしね

 

 

でも本意について考えられたのは乗り越える力として大きかったです

 

 

 

今の日本では、分娩は自然分娩が「普通」で痛みを抱えて産むのが「普通」で、

「普通」でないとだめ

 

といった、

 

根強い風習があると個人的な感覚として感じていて、わたし自身の感覚もそうだったんだ。と思いました。

 

 

帝王切開の心の傷を癒やしたい

 

 

私が帝王切開で出産した自分を受け止められたのは、自分の感情を認めたという部分も大きかったと思います。

 

 

前向きになることはとても大事だけど、人の感情は綺麗な部分だけでないです。

 

 

後悔なんて子供が可哀想!とか言う人もいますし、自分でも「そうだよね・・・」と悩んだりしたのですが、人の気持ちってそんな簡単なものじゃないんです

 

 

子供が可愛くない、わけではないんです。

 

 

だったらいいじゃん?

 

それもまた違う話で。

 

 

自分でも感じている違和感、他人に分かるわけない。だから心を閉ざしてしまう

 

 

 

でも「綺麗な心でいないといけない」と思うから、

 

ブラックな感情がでてくる自分に罪悪感が出てくる。

 

 

このもどかしい気持ちがとても辛かったです

 

 

帝王切開で悔しいと感じる自分を受け止める

 

 

私は、まずはこの「ブラックな自分」を受け止めてあげることにしました。

 

 

だってこんなネガティブな気持ち、自分以外は誰も受け止めてくれないじゃないですか?

 

 

 

良くない感情だったとしても、

 

 

 

自分くらい、

 

 

「しんどいよね」

 

「何で自分だけって思うよね」

 

「無事生まれただけいいじゃんなんて何も知らないのに言ってほしくないよね」

 

「でもその言葉が真実だとも思うから辛いんだよね」

 

 

とか、

 

 

一緒に感じてあげてもいいんじゃないかな、と思ったんです

 

 

 

 

正直、

 

帝王切開で産んていないママの「悲しい事実」に、「ざまあみろ」じゃないけど、近い気持ちを感じてしまったこともある。

 

 

でもそんな気持ちを受け止めてあげることにしたんです。

 

 

 

すると次第に前向きな言葉も耳に入るようになりました。

 

 

 

だんだん、

 

人の不幸を蔑む自分がすごく嫌だと感じるようになったし、

 

時間が経つにつれ、「子供への希望」もでてくる。

 

人の気持ちが分かる子になってほしい。とか

素直で明るい子で居てほしい。とか

 

 

自分がそんな「人の不幸をあざ笑うような人」であれば、心の中で思っているだけでも、それは必ず態度や言葉に出ると思った。

 

私は子供にそんな人に育ってほしくないし、親としてそんな姿を見せたくないとも思うようになっていきました。

 

辛い、悲しい気持ちになるときもあるんだけど、もうそれでいいじゃん。って思っています

 

 

帝王切開の心のしこりをどう乗り越えていくか

 

 

自分を受け止めて時間が経てば、なんてことないし、子供たちが成長するにつれ、健康に生まれてきてくれたことだけに感謝できるようになりました。

 

 

というよりの子供たちの成長を見ていたら、自然分娩への劣等感も少なくなっていった

 

 

 

それでも、やりたいことをできなかったっていう「心のしこり」はまだあります。

 

 

 

でもそれって、出産だけじゃないと思うんです。

 

 

人はそういったしたくてもできなかったことと折り合いをつけながら生きていくのではないかなあ、と

 

 

ただ、もし、無理して帝王切開にして子供になにかあったら・・・って考えたら

 

やはり帝王切開を選択した自分に間違いはなかったんだと思います

 

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